♪私はコトバがわからない

 久々に「コトバが全然わからない」体験をした。
 ES細胞論文ねつ造事件できょう午前中に渦中の黄教授が記者会見。韓国国内の様子を聴きたくて、時々リポートをお願いしている大学の先生(日本人)の携帯に電話してみた。なかなかつながらず、何度かチャレンジするうちに出てくれたのだが
 「ヨボセヨ?※☆■▽▽◎◇◇◆▲▽※※※?」
 「あの〜、もしもし?○○先生ですか?」
 「※☆■▽▽◎◇◇◆▲▽※※※?☆☆■■▽◎◇◇◆◆▽※※◎◎?」
 どうも様子がおかしい。しかし間違った先にかけたにしては親切だ。よくよく聴いていると韓国語の中から電話で話したい先生の名前が聞こえてくる。何事か説明しようとしてくれているのだが、あとは皆目見当がつかない。
 「あ〜、エクスキューズミー?キャンユースピークジャパニーズオアイングリッシュ?」
 英語はろくに喋れないが韓国語よりはマシだ。しかし答えは無情にも「No」。こちらは日本語と英語、あちらは韓国語で、おまけに身振りや筆談も通じない電話での会話である。「○○先生に代わって欲しい」という言葉さえ伝わらず、かろうじてその電話機が○○先生のものであるらしい(つまり間違い電話ではない)ことだけが何となくわかっただけだ。
 「☆☆■▽▽◎◇◇◆▲▽※◎◎?☆☆■■▽◎◇◇◆◆▽※※▲▲?」
 「OK、アイシー(←ホントは何もわかっていない)。アイルコールミスター○○アゲイン。サンキュー、カムサムニダ」と唯一知ってる韓国語で締めてはみたものの、しばし呆然。早く先生を捕まえないとOAに穴が開いてしまう。
 そこで東京外語大で朝鮮語を専攻していたニュースデスクのことを思い出し、忙しいのを頼み込んで電話のそばまで来て貰って再チャレンジ。ところが今度は誰も出ない。きっとさっき電話に出てくれた人はワケのわからない外国からの電話がイヤになってしまったに違いない。
 そうこうするうちにタイムアップ。やむなく韓国とつなぐことを諦め、別な解説者に他の観点から解説してもらうことにする。

 全く言葉がわからない体験と言えば、91年に仕事で行ったルーマニアのことを思い出す。泊めてくれた家のおじさんはルーマニア語とロシア語しか喋れない。乗ったタクシーの運転手は「イタリア語も喋れる」と言っていた(ような気がした)が、こっちはもちろん喋れない。よく目的地に着いて、カネを払って降りられたものだ。おまけに現地の小額紙幣がなくてドイツマルクのコインで支払ったのだが、ぼられたのか得したのかもよくわからなかった。