これは傑作だ!

 ドキュメンタリーで久々に「ページを繰る手ももどかしく」読んだ本。

1976年のアントニオ猪木

1976年のアントニオ猪木

 なぜ、アントニオ猪木は「あらかじめ筋書きのあるプロレスを演じるプロレスラーにも関わらず、筋書きのない“総合格闘技”のアイコンでありつづけるのか?」を考察した本である。その答えはタイトルにある、1976年に猪木が戦った4つの大勝負、特に「世紀の大凡戦」と酷評された「モハメド・アリVSアントニオ猪木」戦にある。この試合は猪木側がプロレスであることを拒否し、リアルファイトに持ち込んだことで生まれた奇跡であった・・・ というストーリーで、これを裏付けるため筆者は韓国やパキスタンアメリカなどを駆けめぐる。格闘技についてそこそこ知識のある僕にとっても、目から鱗が落ちるようなすごい本であった。
 まず、文章がうまい。ややこしい状況も会話をうまく使いながらすーっと頭に入るよう書かれている。そして「アントニオ猪木モノ」といえば過剰なリスペクトで神格化するか、暴露本のたぐいでダークサイドだけを強調するか、これまでどっちかしか見たことがなかったが、この本はその両方から一線を引いて猪木の格闘家としての素晴らしさと同時に演出家としてのあざとさや弱さも余さず書いている。韓国の人気プロレスラーを相手に“事前の打ち合わせを破って”連勝し地元ファンの暴動を避けて金簿空港へ逃れるところなど、人間臭さ満載だ。そして、この本の白眉はやはり世間で“茶番”と思われているモハメド・アリ戦がリアルファイトであり、それゆえに“世紀の凡戦”となったことを論証した部分である。これはぜひ読むべし。猪木信者がこれをどう読むかも知りたいところだ。